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私の名前は、下川 明美といいます。

礼拝に出席しているクリスチャン専門の結婚相談所をしています。


年間20組以上のカップルが婚約・結婚しています。
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2011年10月26日水曜日

パウロから学ぶ、伝える力。




いま、TwitterとかFacebookとか、いろいろ伝えるツールがあるし、
いろいろ読んだりもしますよね。
その中で、「誤解」とか「誤読」っていうことがコミュニケーションを
妨げてしまったり、違う方向に受け取られて悲しい思いをしたりとか、
そういうことがあるかもしれません。

また、違った考えの人が明確に「ヽ(`Д´)ノプンプン」ってなって、
なんかおちこんだりとかってこともあるかもしれません。
でも、そこから学ぶこととかも結構あって、やっぱり書くということは
すごい大事な事だなと日々実感していたり。

いま、コリント人への手紙Ⅱを通読していて、
パウロの伝える力にものすごく感動しているところです(@@)うるうる。


コリントっていうのは、貿易が盛んな都市。港もあり。
…ただ、水際っていうのは、やっぱり道徳的に壊れたことが入ってきやすい。
すごく性的にも道徳的にも乱れた街のうえに、
コリントの教会のクリスチャンもその影響もめっちゃ受けてたという背景があります。

コリントの商業組合では、他宗教の行事があり、
それが神殿娼婦とのパーティみたいなのだったりとか、
とにかく、すごい大変だったみたいです。
それに参加しないと商売が難しくなるとか、現実にものすごい
生活に密着した問題もありました。


一方、パウロって超真面目で、品行方正な人。
キリストを信じてから、誰の目から見ても、まっすぐでそして清い生活を
送っていたことは誰の目から見ても明らか。


…パウロとコリント教会ってあまりにもコントラストがきつい。
黄と黒ぐらいきつい。(踏切の色みたいなかんじですね)


そこにパウロは「うわっ、コリントの教会やばい。なんとかしなきゃ」って思って、
コリントに手紙を出した。

それがコリント人への手紙Ⅰなんですね。


実は、コリント人への手紙っていうのは、3通あるんだけど、2通目が
見つかっていない。
コリント人への手紙Ⅱは、本当は3枚目の手紙。


2通目の証拠はちゃんと、聖書にあるのです。

コリント人への手紙2:8−9
あの手紙によってあなたがたを悲しませたけれども、
私はそれを悔いていません。
あの手紙がしばらくの間であったにしろあなたがたを悲しませたのを見て、
悔いたけれども、


今は喜んでいます。あなたがたは神のみ心に添って悲しんだので、私たちのために何の外も受けなかったからです。



2通目は涙の書簡、と言われています。
でも、2通目の内容は発見されていないから、もちろん聖書にもない。

で、私は3通目に1通目にはないパウロの書き方を見ました。

2通目が、涙の書簡になってるってことは、
1通目がちゃんと伝わっていないということ。


3通目で、パウロは1通目以上に伝わるってことをすごい意識しています。

さきほど書きましたが、パウロとコリントの人々は
生き方が全然違っていた。コントラストがキツかった。

品行方正な人が、ヤンキーのためを思って、
正しいことを言う時、普通聞き入れてもらえない。

それは何かっていうと、責められている感じがするから。
「あーあー、あんたはよいこちゃんですよねー。
 どーせ、あたしは不良だよ〜」って反発される。

責めるつもりで言っていなくても、パウロの品行方正さが、
責めるっていう印象を強くさせてしまう。


だから、パウロはこういうふうに語ってる。

コリントⅡ 7:3
責めるためにこういうのではありません。
前にも言ったように、あなたがたは、わたしたちと共に死に、
ともに生きるために、私たちの心のうちにあるのです。

つまり、私たちは上下関係ではなく、運命共同体。
そして、私たちはあなたがたを心に大事にとめているってことの
前提を惜しげもなく書いている。


そして、その前提に基づいて、どうあるべきかを書いていくうちに
ヒートアップしていくパウロ。

もう一度、7:12で、コリントの人たちに誤解が起こらないように、
繰り返し書いている。

ですから、私はあなたがたに手紙を書きましたが、
それは悪を行った人のためでもなく、その被害者のためでもなくて、
私たちに対するあなたがたの熱心が、神の御前に明らかにされるためで
あったのです。

誰が悪いとか、悪く無いとか責めるために書いているのではなくて、
神様の前で、私たちがあなた達を大事にしているし、愛しているんだよ!って
いうことが前提で書いているんだってこと。

ものすごく受け取る側に気をつけて書かれている書簡だなって
伝わって来ました。


このパウロの姿勢から、私も本当に学ばなきゃいけないって
今日は通読をしていてすごく感じました。

そして、この手紙が本気で愛を持って、そして
ただ、神様のみことばを伝えるために書かれたからこそ、
受け取る側に愛が伝わるように表現していることを知ることで、
手紙が生きているっていう感覚がすごく湧きました。


下川 明美

クリスチャン結婚相談センターペテロの涙

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